伊万里を感じる街並みづくり実行委員会
2009年05月16日

伊万里の口コミ街歩きマップ「伊万里のさるき方」

伊万里の口コミ街歩きマップ「伊万里のさるき方」ができました。

これは、今年の1月から2月にかけて、市民の皆様を中心に「伊万里のおすすめスポット」についてアンケートを行い、その結果をもとに中心市街地周辺の地図としてまとめたものです。
そして、親しみやすい地図にしたいということで、伊万里高校の美術部さんにご協力をお願いし、手描きのイラスト地図にしました。
伊万里お住まいの皆様が昔から親しんでいるお店や、逆に、意外と知られていないスポットなどを紹介しており、観光客の方にも、地域住民の方にも楽しくご覧いただけるものになっています。

伊万里の各中心商店街や観光協会さん、ホテルなどの宿泊施設や黒澤明記念館さんなどの観光・文化施設、飲食店等で配布してありますので、ご興味がある方は是非ご覧ください。
なお、数に限りがありますので、お早めにどうぞ。
遠方の方は、下のリンクからPDFファイルにてダウンロードできますので、どうぞご覧ください。
そして、是非、伊万里の街を歩いてください。

「伊万里のさるき方」のダウンロードはこちら(PDF 948KB)



 

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2008年11月28日

第1回 伊万里わーやく歴史探検隊(5)

第1回 伊万里わーやく歴史探検隊(4)「伊万里神社」はコチラ

次に目指すのは前田家住宅。
江戸時代の大庄屋さんのお屋敷です。





こちらが伊万里郷の大庄屋、前田家住宅です。
前田家は、江戸時代初めの寛永年間(1624年~1642年)ごろから明治4年(1871年)の廃藩置県まで、代々伊万里郷の大庄屋をつとめてきた豪農です。
敷地は南北に長く、約3100平方メートルと広大です。
主屋は、18世紀後半に建てられた木造茅茸(かやぶき)平屋建で、県内でも最大級の民家建築です。



早速、部屋に入り説明を受けます。
説明をしてくださったのは、元教員の先生です。
子供達にも分かりやすく、面白く説明してくださいます。



先生の説明を聞いていると・・・、また着物の人達が現れました!
どうやら、伊万里のお百姓さんのようです。
雨乞いのために浮立(踊り)をしたいので、壊れた太鼓を修理してくださいと大庄屋さんに相談に来たようです。



心優しい大庄屋さん。
「まあ上がんしゃい」と2人を招きいれ、太鼓の修理を引き受けました。



「大庄屋(うーじょーや)さんにはいつも世話になっております」とお礼を述べる2人。
顔に墨を塗っての熱演です。



そして、なんと鍋島の殿様まで現れました。
江戸時代、鍋島の殿様が江戸や京都へ向かうときは、伊万里から舟に乗ってお出かけになりました。
その時にお泊りになったのが、この前田家です。
「上の間」と呼ばれる奥のお座敷は、殿様のためのお部屋です。



そして、紅葉が始まって美しいお庭の散策です。
この庭は、佐賀出身の学者である古賀精里によって「漪園(いえん)」と名づけられました。
鍋島の殿様も、きっとこの庭を散策されたことと思います。



そして、皆で記念写真。
こちらは縁側でA班の皆さんと。



こちらは玄関前でB班の皆さんです。
伊万里の街に、こんな古くて大きな家があったなんて、おそらく誰も知らなかったことでしょう。
わーやく坊の皆も、大庄屋さんや殿様のように、地域の人たちが幸せに暮らせるように考え、行動する立派な大人になってくれれば幸いです。
そのためにも、お家の人や近所の人の言うことを良く聞いて、お手伝いや勉強、スポーツをたくさん頑張ってくださいね!



そして、再び駅前広場に集合して、歴史探検隊も解散です。
着物姿の山岡鉄舟もお別れに来ています。



お天気に恵まれ、アクシデントもなく、無事に終了することが出来ました。
そして、伊万里のことを勉強したご褒美に、森永製菓さん提供のお菓子詰め合わせセットがプレゼントされました。

<さいごに>
このイベントは、たくさんの人たちの協力のもと、無事に終了いたしました。
当初、子供達は伊万里の歴史に関心を持ってくれるだろうかと不安もありました。
しかし、子供達の目の輝きや真剣に話に耳を傾ける様子を見て、成功を確信しました。
きっと、伊万里に生まれ育ったことに誇りを感じてくれていると思います。
そして将来、世のため人のため、そして伊万里のために活躍してくれるものと期待しています。
伊万里の先人達に感謝。



 

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2008年11月27日

第1回 伊万里わーやく歴史探検隊(4)

第1回 伊万里わーやく歴史探検隊(3)「円通寺」はコチラ

次に目指すのは伊万里神社。
伊万里の街を守る神様の神社です。





伊万里神社の参道を、わーやく坊達が歩きます。
ここには、伊万里の先人達が寄贈した鳥居や灯篭などがあります。



神社の楼門の横に「結びの大楠」と呼ばれる楠の木があります。
もともと2本の楠の木がからまって1本の木のようになっていることから、「縁結び」の御利益があると言われています。
この大楠の葉っぱをお守りにすると良縁に恵まれるのだとか。
「わーやく坊」達にも、よい縁がありますように!



階段を登って、伊万里神社本殿へ。
ここには、伊万里神社本殿のほかに、中島神社という神社があります。
実はこの中島神社は「お菓子の神様」として知られています。

昔々、西暦61年、第十一代天皇である垂仁天皇から不老長寿の霊菓「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)」を手に入れるよう命を受けた田道間守命(たじまもりのみこと)は、海を越えて今の中国に出発しました。
10年以上もの間探し回り、やっとの思いで「非時香菓」を手に入れて、日本に帰りついた場所が現在の伊万里神社が鎮座する岩栗山であり、ここに『非時香菓』を植えたと伝えられています。
当時のお菓子は、饅頭とか煎餅のようなものではなくて果物の橘(みかん?)だったようですが、「伊万里は日本のお菓子発祥の地」と言ってもいいかもしれません。



さらに階段を登って上に行くと・・・、またまた着物を着た人が!
後ろにある銅像は、森永製菓の創業者である「森永太一郎翁」の胸像です。



ここで、森永太一郎物語の紙芝居がはじまりはじまりー。
伊万里出身の森永太一郎がアメリカに渡り、洋菓子の製造法を学んだ後、「日本の子供達にも栄養があるお菓子を食べさせたい」という想いから生まれたのが「森永製菓」です。
そんな伊万里の偉人の話に子供達が耳を傾けます。



今は小さな子供達ですが、大きくなって「世のため人のために働く立派な大人」になってくれることを心より願います。
そして、郷土の発展のために力を尽くしてくれれば、この上ない喜びです。

<つづく>
 

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2008年11月26日

第1回 伊万里わーやく歴史探検隊(3)

第1回 伊万里わーやく歴史探検隊(2)「伊万里陶器商資料館「丸駒屋」」はコチラ

次に目指すのは、臨済宗南禅寺派万明山円通寺。
厳しい修行道場として知られ、九州四大名刹に数えられるお寺です。






・・・とその前に、お団子で腹ごしらえです。
本町商店街の皆さんから、お茶とお団子の差し入れです。
思いがけないおやつに、子供達も大喜びです。



さて、改めて円通寺へ出発!
旗を先頭に、本町アーケードを進みます。
ちなみに、このアーケードは来年撤去される予定です。
「ああ、昔アーケードで団子食べたねえ」と、子供達の思い出に残れば幸いです。



さらに仲町観音通商店街を歩きます。
こちらは、一足先にアーケードを撤去し、白壁風の建物とカラー舗装が整備されました。



円通寺に到着です。
おや!?
またまた着物を着た人がいますよ!



ここでは、円通寺と伊万里県についての説明がありました。

ここ円通寺は、明治4年に出来た「伊万里県」の仮県庁舎が置かれたところです。
今の佐賀県と、長崎県の対馬までが一つの県であったため、港町で商業都市であった伊万里が県庁所在地に選ばれました。
しかし、約半年後には再び県の範囲が変えられて対馬が長崎県へと編入されたため、県庁所在地は佐賀へと移り、伊万里県も佐賀県へと改められました。



伊万里県の権令(県知事)として赴任してきたのが、幕末の英傑「山岡鉄舟」です。
あの勝海舟などとともに「幕末の三舟」と称された有名なお侍です。
勝海舟と西郷隆盛が会談し、江戸城の無血開城を決定したことは有名ですが、その事前交渉を行ったのがこの山岡鉄舟です。
西郷隆盛率いる官軍の中に、たった独りで乗り込んだ全身肝っ玉の塊のような人でした。
そのお陰で、江戸の町が戦火に焼かれずにすんだのです。



ここでの寸劇は、町民と町娘が「なんで山岡鉄舟さんのごた有名かお侍の、伊万里に来らしたとやろか?」という会話を通して、当時の伊万里の繁栄振りや位置づけを分かりやすく説明しました。
意外と、子供達よりも親御さんたちの方が、「へえ~」という顔で聞いておられました。



そして、皆で記念写真です。
今まで何気なく前を通っていたお寺に、幕末の英雄が来ていたとは!
歴史を知ることで、街の風景が少しずつ違って見えてきます。

<つづく> 

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2008年11月25日

第1回 伊万里わーやく歴史探検隊(2)

第1回 伊万里わーやく歴史探検隊(1)「出発の様子」はコチラ

爽やかな秋晴れのもと、60名の参加者は2班に分かれ、伊万里の街へと繰り出しました。
散策コースは次の通りです。

A班
1.前田家住宅(滞在時間:約40分)
    ↓
2.伊万里神社(滞在時間:約30分)
    ↓
3.円通寺(滞在時間:約15分)
    ↓
4.伊万里陶器商資料館「丸駒屋」(滞在時間:約45分)

B班

1.伊万里陶器商資料館「丸駒屋」(滞在時間:約45分)
    ↓
2.円通寺(滞在時間:約15分)
    ↓
3.伊万里神社(滞在時間:約30分)
    ↓
4.前田家住宅(滞在時間:約40分)



B班ご一行が最初に向かったのは「伊万里陶器商資料館」、通称「丸駒屋」です。
伊万里陶器商資料館は、伊万里駅から北へ約300m、駅前商店街を歩いて佐賀銀行伊万里支店の角を左に曲がります。



駅前商店街の入り口に立っている美人像も、たくさんの伊万里っ子の訪問にニッコリ嬉しそうです。
ここ駅前商店街は、かつてはたくさんの買い物客で賑わい、行商のおばちゃんたちも大勢いました。
是非私たちの手で、かつての賑わいを取り戻したいものです。



こちらが伊万里陶器商資料館「丸駒屋」です。
江戸時代の文政8年(1825年)頃に建てられた妻入2階建ての陶器商家です。
当時の伊万里町には多くの陶器商があり、焼物商人たちが全国から仕入に来ていました。
そして、買い付けに来た商人たちは、注文した焼物が焼きあがるまで伊万里商人の家に滞在したのです。



中に入ってみると・・・
なんと!丸駒屋のおかみさんではないですか!
江戸時代にタイムスリップしたようで、子供達もびっくりです。



そこにやってきたのが、担い人(焼物を有田から担いで運んでくる人)の源さん。
今回のイベントの目玉、歴史寸劇の始まりです!
昔懐かしい「佐賀にわか」の筑紫美主子さんを髣髴とさせるコミカルな劇を演じてくださったのは、有田町の劇団「美・田ん中(みたんなか)」の皆さんです。



次にやってきたのは、紀州(今の和歌山県)から焼物を買い付けに来た紀州商人さんです。
ナレーターさんが手に持っている「徒然」の文字は、方言の「とぜんなか(たいくつだの意)」が「徒然」という古い日本語に由来しているという説明です。



さて、焼物が出来上がるまで、紀州商人さんは商家の2階に滞在し、様々なもてなしを受けます。
長期間おもてなしをするために、当時の伊万里商人は国学、漢学、書画、和歌、俳諧などの文化的な知識をたしなみ、また商家の子女達は、琴、三味線、舞踊などを披露したそうです。
この「もてなしの心」を、伊万里の良き伝統にしたいものですね。



そして、伊万里に伝わる「いまりまだら」という祝い歌も披露されました。
初めて聴く不思議な歌ですが、子供達もいっしょに歌いました。



最後に、皆で記念写真です。
伊万里の商人さんたちがイキイキと活躍していた様子を少しでも感じ取ってくれたら幸いです。



丸駒屋を出て本町アーケード商店街に向かう途中、佐賀銀行伊万里支店の壁に設置してある「幸せを呼ぶからくり時計『万里音(まりおん)』」が、ちょうど動き出しそうなので見ていくことにしました。
ちなみに、この佐賀銀行伊万里支店は、旧・伊万里銀行跡です。
明治初期、街の経済発展を願い、伊万里の商人さんたちが財産を出し合って設立した民間の銀行です。
現在の佐賀銀行も、歴史を遡るとこの伊万里銀行にたどり着くと言われています。



いよいよからくり時計が動き出しました。
おや!
先ほど見てきた伊万里商人さんが、焼物を船に積んでいますね。
伊万里津から船に載せられた焼物は、長崎の出島に運ばれ、そこからヨーロッパへ輸出されていました。
昔の伊万里商人さんたちは、世界を相手に商売していたのです。
テレビも電話も、ましてやインターネットも無い時代にです。
さあ!
伊万里商人の末裔達よ!
今や伊万里と世界は24時間リアルタイムで繋がっています!
このチャンスを活かして何をしますか!?
江戸時代の商人さんたちに負けるな!


<つづく> 

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2008年11月24日

第1回 伊万里わーやく歴史探検隊(1)

平成20年11月16日(日)、eまち伊万里プロジェクトの記念すべき第一回目のイベントとなる「伊万里わーやく歴史探検隊」を開催しました。

「伊万里わーやく歴史探検隊」とは、伊万里市内の小学生と親御さんに伊万里の街を歩いていただきながら、皆で歴史と文化を学ぶイベントです。
ちなみに、「わーやく」とは、伊万里の方言で「憎めない、いたずらっ子。腕白坊主」の意味があります。

このイベントの目的は、「伊万里の子供達に、伊万里の歴史と魅力を知ってもらおう」というものです。
そして将来、伊万里のことを想い、伊万里のために活躍してくれる子供が1人でも出てきてくれれば、このイベントは大成功です。
そしてまた、同伴してくださる親御さん達にも伊万里の魅力を再発見していただければ、この上ない喜びです。
そういう気持ちで、この4ヶ月会議を重ね、準備を行い、イベント当日を迎えました。



前日の雨から一転、良い天気に恵まれました。
伊万里駅前広場に約60人の「わーやく坊」たちが集合です。



今回、街あるきのガイド役を務めてくださったのは、「伊万里観光ボランティアガイドの会」の皆さんです。
今日も名調子で伊万里の街を案内してくださいます。



往年のわーやく坊と、現役のわーやく坊たちが親子で参加です。
この子達が大きくなって、そのまた子供達に伊万里の魅力を語り継いでくれることでしょう。



こちらは女の子の「わーやく坊」たち。
首からぶら下げているのは、伊万里市民の市民食?「森永キャラメル」です。
森永製菓の創業者は、何を隠そう伊万里出身の森永太一郎翁。
郷土が誇る偉人です。
ちなみに、この「森永キャラメルネックレス」は、伊万里お菓子倶楽部さんから頂きました。




さあ、朝日を受けて、伊万里歴史の旅にいざ出発!

<つづく>
 

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2008年11月14日

11月6日 伊万里わーやく歴史探検隊の寸劇練習

11月6日 19:00~21:00@伊万里商工会議所

10日後に迫った伊万里の街の歴史を学ぶイベント「伊万里わーやく歴史探検隊」の準備を行いました。

このイベントでは、江戸時代や明治時代に伊万里の先人達がどのような活躍をしていたかということを、観光ボランティアガイドの方々による解説と、eまち伊万里プロジェクトメンバーによる寸劇とで学んでいただきます。
参加者は小学生から大人の方まで幅広いので、子供達にもわかりやすいものでなければなりません。

この日は、衣装合わせを行ったり、寸劇を一通り演じてみて修正を行ったりと、皆楽しみながらリハーサルを行いました。
「子供達は喜んでくれるかな?」
「当日までに台詞を覚えきれるかな?」
という不安もありますが、
「へえ、伊万里ってすごい人がいたんだな!」
「伊万里の街って、昔はすごかったんだな!」
という感激が少しでも子供達の記憶に残れば、それだけで大成功だと思います。


▲昔は「伊万里県」という県があったことを図解で説明

▲有田町の劇団「美・田ん中(みたんなか)」の皆様にもご協力いただいてます 

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2008年10月22日

10月21日 伊万里わーやく坊歴史探検隊の準備を行いました



10月21日。
今日は、eまち伊万里マップ部会の方で、11月16日(日)に開催する「伊万里わーやく坊歴史探検隊」の準備を行いました。

この「わーやく歴史探検隊」では、伊万里市内の小学生とそのご家族を対象に、伊万里の歴史散策を楽しんでいただくイベントです。
ちなみに、この「わーやく」とは、伊万里弁で「憎めないいたずらっ子」という意味です。

イベントでは、前田家住宅や丸駒屋、円通寺、伊万里神社など、伊万里の歴史を伝える施設を巡り、江戸時代から明治期までの伊万里の歴史を学ぶイベントです。
私たちスタッフは、各施設で当時の伊万里商人や大庄屋さん、伊万里町人、鍋島の殿様などに扮し、当時の様子を再現する寸劇を行います。
今日は、その寸劇の打合せを行いました。

皆、仕事を持った人ばかりですが、夜7時から9時まで、商工会議所の会議室に集まって練習を行いました。
そして、伊万里ケーブルテレビさんにご協力いただき、このイベントへの参加を呼びかける告知VTRの撮影をしていただきました。

11月16日(日)、お時間が空いていらっしゃる方は、是非このイベントにご参加ください。
きっと、今まで知らなかった伊万里の魅力や豆知識を知る良い機会になると思います。
身近に小学生がいらっしゃる方は、是非、お友達もお誘いあわせの上お申し込みください。
郷土愛を深め、先人達の頑張りを知る良い機会になると思います。 

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2008年09月30日

HPを開設しました

今年のソフト事業の1つである「ホームページ」が出来ました。
これから、私達の活動や伊万里のイベント情報などを発信していければと思います。

このホームページには、「伊万里風景今昔」というコーナーを設けてみました。
なぜかといいますと、街に活気があった頃の懐かしい写真を見ていただいて、今一度、伊万里の街について関心を持っていただきたかったからです。
おそらく、伊万里を遠く離れて暮らしていらっしゃる方は「あの楽しかった街は今頃どうなっているかな」、伊万里在住の方は「昔は賑わっとったねぇ」「へえ、昔はこがん人のいっぱいおらしたと!?」と、色んな想いで見ていただけると思います。

すると早速、ホームページ開設数時間後に札幌在住の方からメールが届きました。
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【お名前】凸さん
【件名】こんばんわ

【メッセージ】
初めまして。札幌在住の凸です。
まさしく、子供のころの伊万里がありました。映画館、駅前の旅館、駅前通り、にぎやかだったころの本町アーケード、なつかしい。
昭和30年代の伊万里っ子でした。

いつまでたっても、故郷は忘れがたいものです。昭和30年代に学生だったころが思いだされます。
変わりゆく町を、リアルタイムで見れる幸せを感じています。
これからも、よろしく。よい企画がんばってください。
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早速反響があり、嬉しい限りです。
皆様の思い出の中にある賑やかな伊万里をよみがえらせるために、これから長い道のりですが頑張っていこうと思います。 

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